臨書の世界

古今寄りの名書を臨書する 

成都記 1

成都記1
杜甫草堂

昆明から成都まで19時間余りの汽車の旅、
相部屋の男二人は全く愛想が無い、もっとも、
当方のしかめっ面のせいかも判らない。
平気で携帯を掛ける。

この付近の山河は木が少ない。
禿山が頭上から襲い掛かるような渓谷。
湖南方面のトンネルの少なさに驚いた事があるが、ここはトンネルが多い。
雲南から四川への道の険しさが覗える。



元謀、170万年の元謀原人が発見されたのはこの辺りだ。

朝、目が覚めると田園地帯を走っている。
四川盆地へ入ったらしい。



成都の駅を出ると客引きが屯して寄って来る。
その中の一人の「一泊60元」に惹かれて付いて行く。
駅から10分程、荷物を転がす。

ロビーに腰を下ろすとドット疲れを感じる。
動くのが面倒になって宿に決める。
彼は成都からのツアーを幾つか薦める。
今回の成都旅行の眼目の四姑娘山には単独で行く予定だ。
四姑娘山へ行くのは仲々面倒らしい。
楽山はどうしたものか。

彼からいろいろと情報を得ている内に断りにくくなった。
成都市内の一日ツアーに参加する事にする。
このようなツアーに参加するのは珍しい。
老化現象が顕在化してきたのだろう。


杜甫草堂。
成都市街も車で満ち溢れている。
何回も渋滞を潜りながら杜甫草堂。
想像していたよりも規模が大きい。
安禄山の難から逃れた杜甫が4年余り過ごしたところだ。





杜甫がひっそりと過ごした庵の辺り、
蜀の人々が大事に大事に長時間掛けて守り続けて来たのだろう。
現在の建物は清時代の物だそうだ。
中国人の杜甫に対する思慕の深さがうかがわれる。

天才肌で自由奔放明朗快活な李白に対して、
杜甫は努力型で憂愁、
常に社会をより良くしようと抱負を持ち、
その実現の為に強い義務感を持つ誠実な人、
として知られている。
詩風も憂憤、沈痛なものが多い。





 

杜甫像の手が磨り減って変色している。
杜甫の手に触れると才能が授かるそうなのだ。

 

左右の文字も何がしか立派に見える。

 

杜甫の暮らした柴門の辺りはひっそりと爽風が竹林を抜ける。
杜甫の詩「岳陽楼に登る」に魅せられて、
真っ先に岳陽楼を訪れたのも随分以前の事だ。



 

 



ゆったりと散策している人々、
市民の格好な憩いの場だ。